16日(火)奥出雲町へ行く用事があり、途中斐伊川の上流部「八岐大蛇の天が淵」という所で車を止め、しばし斐伊川の蛇行した急流を眺めた。八岐大蛇伝説の発祥地であるという。確かにこの急流を見ると大蛇に今にも飲み込まれそうな感慨を覚えた。花崗岩質の岩や砂が濁流となって流れていた。
その昔、この地域では盛んに「鉄穴流し」によって砂鉄が採られていたのであろう。雲南から奥出雲にかけて「タタラ製鉄」が行われた名残があちこちで見受けられた。近くの湯村というところに温泉神社が鎮座しており、久しぶりに明治初期に活躍した庄原石工權之助作の出雲式構え型の狛犬を見た。一度見たら忘れられない独自の顔をした狛犬である。この神社にこのような看板が設置してあった。
足名椎・手名椎の神陵の由来 むかし、万歳山のふもとに住んでいた足名椎と手名椎には八人の娘がいたが、天が淵に住む八岐の遠呂智(大蛇・八岐蛇)によって次々にたべられ稲田姫一人となった。そこに須佐之男命が参られ遠呂智退治となる。須佐之男命は稲田姫を妻にむかえられ、国づくりがなされていく。稲田姫の父神足名椎、母神手名椎を祭った二神岩は万歳山の中腹にあるが、山崩れで参詣道がなくなり、天が淵の上に玉垣を設けて拝神していた。国道改修にともない、その神陵が温泉神社境内に、遷座されたものである。(木次町・木次観光協会)
神社をふくめ、このあたり一帯はあの八岐大蛇伝説の舞台であったのだ。神々しい山々やそこを蛇行する斐伊川、一歩奥へ入るとなだらかな丘陵地に田園風景が広がっている。おそらく鉄穴流しの行われた場所であろう。しばしのどかな風景とその昔を偲んだ一時であった。





