石州瓦

大社町 鷺浦湊

遅ればせながら、明けましておめでとうございます。昨年の暮れに「笏谷石(しゃくだにいし)製狛犬」について書きましてから随分たちました。新年にあたって、得意の狛犬でいこうかとも考えましたが、狛犬と同様皆様が知っているようで知らない文化、島根県石見地方特産の「石州瓦(せきしゅうかわら)」について述べることとしました。島根県は大きく区分すると雲州(主として出雲、松江、雲南など)と石州(主として大田、江津、浜田、益田、津和野など)に分けられます。この石州の特産品として「石州瓦」が挙げられます。あの独特の赤色瓦は北前船の発着湊や中国山地など山間部に多く見られます。塩害凍害に強くまた衝撃にも強いこの瓦は、石州(石見)の都野津層という300〜100万年前の海成、淡水成層からなる良質の粘土と、雲州宍道町特産の出雲石灯籠の原料である来待石(来待ストーン)の石粉が出会い出来た瓦なのです。来待石は1300度という鉄をも溶かす温度でやっと融解します。他の石の殆んどは、この温度に上げるまでに割れてしまいます。いわば高温に耐えうる石です。都野津の粘土(広く石見全域に分布しています。)はこれもまた高温に耐えうる粘土です。この都野津の粘土で作った瓦に、来待石の粉(釉薬)を水に溶かしてかけます。これを登り窯で1300度近くの高温で焼きますと来待石の粉(釉薬)が溶けあの独特の赤を呈するのです。来待石の中の珪酸、酸化アルミニウム、酸化鉄、酸化チタン、酸化カルシウム、酸化マグネシウム、酸化カリウム、酸化ナトリウムなどが溶け、所謂鉄釉として赤く発色するのです。温度が低くなると黒ずんできますので、登り窯での温度調整は大変な苦労があったと聞きます。今はトンネル窯となり、来待釉薬だけでなく様々な釉薬が使用され色のバリエーションも多岐に亘っています。丸物についても同じで石見焼と呼ばれる陶器には、「はんど」とか「こね鉢」などがありますが、ここでも来待釉薬を使用しています。古文書などに油瓦、油瓦士などの文字が見られる江戸時代寛政年間頃より来待釉薬が使用されたのではないかと考えますが、文政10年の来待石一俵(石粉、石屑と思われる)の記載のある文書がありますので、この時期には確実に釉薬として使用されたと考えています。浜田市長沢町にある亀谷窯業は200年以上の歴史をもつ石州瓦の老舗です。ここでは、今も来待釉薬に拘った瓦作りを続けています。また来待釉薬を使用した新商品にも力を入れていらっしゃるとか・・・・。石見の赤、石州瓦は先人の残した血と汗と涙の結晶であり、郷土の最も誇りとする地場産業といえます。

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1 Comment

  1. 佐藤ちよみ

    島根県を見聞していて、石州瓦の存在は知っていました。
    あの、見事な赤色が、実は来待石の釉薬だとは知りませんでした。
    新たな発見ができ、ますます、島根県の見聞が楽しみになりました。
    素敵な情報をありがとうございます。

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